第1部 受け流す · 第1章

金星

約2分· 注1件

彼女は金星から来た。2少なくとも僕はそう信じていた。金星から来た人にとって、数字は風景の一部にすぎない。夕焼けを見れば夕焼けを見るし、値札を見ればそのまま通り過ぎる。

僕たちは、先輩が開いた夕食の席で初めて会った。先輩は人を集める才能があって、その日は外国の客をもてなす席だった。テーブルの端に座った彼女は、花を扱う仕事をしていると言った。話すのがゆっくりで、笑うときはまず目を伏せた。花の名前は、数字よりずっとよく覚えていた。

その隣にはいつも、彼女のいちばん親しい姉貴分がいた。どこへ行っても人のほうが先に気づく顔。ここではHと呼ぼう。どんな席でも先に口を開き、席を決める人。Hはよく彼女の言葉を代わりに終わらせた。「この子は怖がりで、ひとりじゃ何もできないの」

そして彼女のそばには、もうひとりいた。僕よりひとつ年上の男。彼女は彼をオッパと呼んで頼り、僕も最初はヒョンと呼んだ。ここではBと呼ぼう。Bの夕食の席には、いつも初めて見る人たちがいた。名前の代わりに肩書きで呼ばれる男たち、そして彼女と同じくらいか、もっと若い女たち。誰が誰を連れてきたのかは、誰も言わなかった。僕はそれを、ただ顔が広いだけだと思っていた。

一年ほどして、僕たちは真剣に付き合ってみることにした。先輩にその話をすると、彼は長いあいだ煙草をふかしてから言った。「神様は何をお考えなんだろうな」そのとき僕は、その言葉の意味がわからなかった。

彼女は何年も前からパニック障害を患っていた。店をたたんだ年、地下鉄の中で初めて息ができなくなった日からだと言った。薬袋は僕の手のひらより厚かった。Hが持ってくる薬もあった。その袋には名前がなかった。その薬を誰が用意し、誰が量を決めているのか、僕は一度も訊かなかった。

ある日、彼女は弟の名前をしばらく思い出せなかった。パニックのせいか、薬のせいか、眠れていないせいか、彼女にもわからなかった。

メッセージはよく遅れた。訊くと彼女は笑った。「私、もともと遅いの。メッセージはコピーしておいて、あとで見るんだ」変な癖だと思った。そのときは、それだけだった。

注

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    ジョン・グレイの『男は火星から、女は金星からやってきた』(1992)から借りた言葉だ。