電話は横取りされうる。メッセージはすり替えられうる。訪ねていった瞬間、僕はストーカーになった。けれど、たったひとつ、誰も手を出せない場所があると僕は信じていた。
彼女とB、そして僕。三人がいるメッセンジャーのトークルーム、グループチャットだった。そこに上げた文章は、三人が同じように読む。誰かが消せば、消した跡が残る。誰かが書き換えれば、ほかのふたりにわかる。あそこでは誰も真実を操作できないと思っていた。
その夜から、僕はその部屋に小説を上げはじめた。一日に一編ずつ。彼女がそれを望んでいるかどうかは訊かなかった。
三十八歳のXが、三十二歳のVとライブのチケット代のことで言い争う話だった。値段にこだわる癖を分散投資と呼んでいたXが、チケットが高いとぼやいたあと、自分の脳の中に入って光でできた獣たちに出会う話。感情は90秒の客だという話。黄色い椅子から立ちあがる方法についての話。僕のルールをVにまで突きつけた夜もあった。Vが黄色い椅子に座ることになったのも過去の選択の業かもしれないと、僕は書いた。
小説という形式が僕を守ってくれた。誰も名指しせず、誰も告発しなかった。それでも読む人にはみんなわかるはずだと、僕は信じていた。その小説は彼女に宛てた手紙であり、Bに、そしてBの向こうのHに突きつける鏡だった。
Bは一度も返事をしなかった。かといって、その部屋を出ていきもしなかった。毎晩、未読の人数を示す数字が2から1に減り、まもなく消えた。ふたつのアカウントがどちらも読んだ。そのアカウントの向こうに誰がいるのかは、わからなかった。
真実は、無理に引きずりだす必要はない。光の差すところに置いておくだけで、隠していた側が先に隠れ場所を失う。僕は叫ばなかった。毎晩一編ずつ、光を少しずつ多く入れただけだ。少なくともあのときは、そう信じていた。
僕は復讐はしないと思っていた。彼らの弱み、人を動かすてこであるレバレッジは握っていると信じていた。彼らが何を隠そうとしているのか、ログでわかっていると信じていた。振りかざさず、握っているだけでいいと。この盤をチェックメイトに、将棋でいえば詰みに持ちこめばいいと。駒をひとつも取らず、誰も殺さずに。