第4部 宵の明星 · 第3章

彼女の一歩

約3分· 注1件

何週間かして、彼女がまた一行を残した。「やめないで」

今度は二つの枠を描いた。左には彼女。右には彼女の携帯を握っている誰か。右の枠は最後まで空にならなかった。僕は次の小説に、ひとつの問いを隠した。彼女だけが答えられると信じた問いだった。ライブで彼女が待っていると言った、あの瞬間。三日間、返事がなかった。四日目の夜に一行がついた。「ランタンひとつだけが残るとき」右の枠には、まだHが残っていた。Hにもわかる答えだった。僕は枠を消さないまま書きつづけた。確信のないまま書く夜が、その代償だった。

それから彼女は、ときどき一行ずつ残した。ハリネズミがかわいそうだと。キリンの椅子に座ってみたいと。そしてある夜、彼女が僕の小説を直した。「あの子は黄色い椅子じゃない。キリンの椅子で耐えてたの。人が私にしたことは、私の業じゃない」

看守なら書かない文だった。けれど、あの部屋で僕の小説を毎日読んでいた者なら、誰でも書ける文でもあった。僕は枠を消さなかった。消したかった。

僕は長いあいだ返事ができなかった。僕が彼女に貼った名札も、Hが彼女に貼った名札と同じ形をしていた。僕は彼女を、僕の椅子たちで学習しなおさせようとしていた。彼女は無力ではなかった。耐えていた。

そしてある夜、彼女が書いた。

「私、いま緑の椅子だよ」

僕はその言葉の重さを知っていると思った。それから二つの枠を描いた。左には彼女。右には、僕の小説の言葉を覚えた誰でも。枠を消せない自分を見た。その言葉が彼女のものであってほしいと願う心が、重さを知っているふりをしていた。

何日かして、彼女が小説にまた一行を残した。「ハリネズミがひとりで出てみるって」あの部屋の誰にとっても、かわいいコメントだった。僕にとってだけは、そうではなかった。

僕はもう一度過ちを犯すところだった。グループチャットに、Bが読むあの部屋に「迎えに行く」と打った。そして一文字ずつ消した。あの部屋でその言葉を読むのは、彼女だけではなかった。翌日の昼、知らない番号からショートメッセージが一通来た。人の携帯を借りた彼女だと言った。「来ないで。オッパの小説のせいじゃない。私がやってることなの」

二つの枠を描いた。左には彼女。右には彼女の名前を借りた誰か。どちらの枠でも答えは同じだった。行くな。真実を知らなくても、正しい手は打てた。

僕は行かなかった。一年のあいだに打った手のなかで、いちばん難しい手だった。

それから何か月か、僕は毎晩一編ずつ上げた。一行目はいつも同じだった。返事のない夜のほうが多かった。数字の1が消えない夜には、ミーアキャットと二つの枠を描いた。左には、何かあった。右には、彼女が忙しい。どちらの枠も信じず、二つの枠をただ開けておく練習をした。上げずにおこうとした夜もあった。画面を何度も更新して、真夜中を過ぎてから結局上げた。その夜の小説がなだめたのは彼女の夜ではなく、僕の不安だった。彼女があの部屋を出たということは、一年が終わるころになってやっと、メッセンジャーの中の彼女から聞いた。

そのあとのことは彼女のものだ。僕はその場にいなかった。彼女がどうやってあの部屋を出たのか、誰の手を取ったのか、メッセンジャーの中の彼女が話してくれたことも、ここには書かない。彼女の道だから。ただ、メッセンジャーの中の彼女がはっきり言ったことがひとつ。最後の一歩は、彼女が自分で踏みだした。10その言葉だけは、確かめられなくても信じることにした。

注

  1. 10

    誰かに支配されていたり、脅されていたりするなら、ひとりで耐えなくていい。韓国では女性緊急電話1366、心が崩れそうなときは自殺予防相談電話109に連絡できる。処方された薬は、自己判断でやめたり量を変えたりせず、処方した医師に相談する。薬を処方と違うように飲んでしまったり、やめるのが難しかったりするなら、食品医薬品安全処の24時間相談電話1342、誰かが自分の薬を握って量を決めているなら、それも支配なので1366だ。緊急なら112、薬を飲みすぎたなら119。